ワイン澱由来のペプチド混合物、実験室試験でブドウ樹幹病の主要な病原菌を抑制
ワイナリーの沈殿物を処理した混合物が菌類の増殖を最大75%抑制。ブドウ畑での効果確認には圃場試験が必要
2026年10月29日(木)

発酵タンクや樽の底に残る沈殿物であるワイン澱から、ペプチドを豊富に含む混合物を作製し、ブドウ樹幹病に関わる主要な病原菌2種に対する抗真菌活性を確認したとする研究が、8月12日付で『Systems Microbiology and Biomanufacturing』に掲載された。
この研究は、ブドウ栽培における根強い課題を2つ同時に扱っている。ブドウ樹幹病は、特に若木に大きな被害をもたらす病害の一つである一方、ワイン澱は大量に発生するワイナリーの副産物であり、十分に活用されていないことが多い。通常は廃棄物として扱われる資源が生物防除資材の原料になり得る可能性を示したが、今回の知見は実験段階にとどまり、ブドウ畑で使える商業的な処理法として検証されたものではない。
研究対象となった病原菌は、Petri病と密接に関連する2種の菌類、Phaeomoniella chlamydosporaとPhaeoacremonium minimumである。これらは若いブドウ樹の木部に感染し、木部の変色や組織の壊死、葉の縞模様、生育不良、萎凋を引き起こし、重症の場合は枯死に至ることもある。研究者らによると、ヒトの健康へのリスクを理由に亜ヒ酸ナトリウムが禁止されて以降、有効な化学的防除は限られており、生物学的な代替手段への関心が高まっている。
研究者らによると、澱はワイナリーの副産物として2番目に多く、全体の約25%を占める。死菌・生菌の酵母細胞のほか、タンパク質、ペプチド、多糖類、脂質、ポリフェノールを含む。ただし、その組成は使用するブドウ品種や酵母株、発酵工程によって大きく変わる。そのため研究者らは、組成の管理を付随的な課題ではなく、研究の中心的な要素として扱った。
抗真菌混合物の作製にあたり、研究チームは複数段階からなるバイオプロセスを設計した。まず、Saccharomycesの単独培養と、非Saccharomyces株の逐次接種による管理発酵を実施。得られた澱に超音波を用いた自己消化、酵素加水分解、3キロダルトンでの限外ろ過を行った。酵母由来の物質をより小さな画分に分解し、それぞれの生物活性を調べることが狙いだった。
結果は、未処理の画分と処理後の画分で明確な違いを示した。高分子量の自己消化物には、菌類の増殖を抑える効果がなかった。一方、加水分解後に得られた画分は、Phaeoacremonium minimumの菌糸の増殖を45%~75%、Phaeomoniella chlamydosporaの増殖を40%~57%抑制した。また、病原菌の一方では分生子の産生を最大92%、もう一方では61%減少させた。これは、増殖だけでなく菌類の繁殖能力にも作用することを示唆している。
植物を用いた試験でも良好な結果が得られた。これらの試験では、測定の一方で木部の変色症状が47%~52%、もう一方で35%~73%減少した。また、病原菌と試験した画分に応じて、内生菌の増殖も63%~84%、および80%~91%抑えられた。研究者らは、この結果から加水分解が重要な工程であるとし、酵母タンパク質がより小さなペプチドに分解されることで抗真菌活性が生じる可能性を示した。
研究では、こうした差の背景にある化学的な特徴も調べた。UHPLC-ESI-TIMS-QTOFを用いたノンターゲット・メタボロミクス解析により、酵母株や発酵条件に応じた化学的特徴が確認され、発酵条件間で異なる448の特徴量が特定された。さらに、活性相関フィンガープリンティングと呼ばれる手法で、病原菌の増殖と負の相関を示す候補バイオマーカー49種を特定した。研究者らによると、これらの化合物は抗真菌効果をもたらす分子の解明に役立ち、今後の工程設計の指針となる可能性がある。
主な知見の一つは、発酵そのものが工程の上流における品質管理の役割を果たしているとみられることだ。酵母株や接種順序を慎重に選ぶことで、澱由来の画分の組成に影響を与え、抗真菌活性を高める方向に調整できる可能性がある。実務面では、ワインの生産に影響する発酵上の判断が、残される副産物の価値も左右し得るということだ。
この関連性は、植物病理学にとどまらない。ワイナリーや飲料業界全体にとって、この研究は廃棄物の問題を有用な農業資材に変える可能性を示している。この手法がより大規模な試験でも有効性を保てば、ワイン生産における廃棄物の価値化と新たなブドウ畑の保護手段を結び付け、大量に発生する副産物を循環型経済に生かす道が開ける可能性がある。
研究者らは、データが裏付ける範囲を超えた主張を避けている。今回の知見は実験室での試験と植物を用いた実験で確認されたもので、商業ブドウ畑での大規模な圃場試験によるものではない。そのため、安定性、コスト、施用方法、規制当局の承認、実際の栽培条件下での効果など、重要な課題が残されている。実際の圃場では、天候、樹齢、土壌、複合感染などが病害の発生に影響する可能性がある。
それでも、この研究は今後の開発に向けた明確な道筋を示している。澱を価値の乏しい不均質な残渣として扱うのではなく、発酵設計や酵素処理、分離工程によって生物活性を調整できる加工原料として位置付けている。ブドウ畑の病害と副産物管理の双方に取り組む業界にとって、この組み合わせにより、ワイン澱はこれまで以上に将来の作物保護研究で重要な役割を担う可能性がある。