ビールは何かを語る。でも、あなたのすべてを明かすわけではない:味わい、イメージ、選択につきまとう誤解
ビールの選び方によく見られる4つのパターンから、味の好み、選ぶ意図、周囲に与える印象の違いを見ていく。グラスを性格診断に変えてしまわないために。
注文したビールから相手を見定めようとするのは、どこかおかしみがある。ただし、その遊びを診断と取り違えないことが大切だ。選択からは、その瞬間に本人が何を求めているかがうかがえるかもしれない。また、それを見た人の頭に何らかのイメージが浮かぶこともある。だが、それだけでその人の本当の姿がわかるわけではない。
ビールは何かを語る。でも、あなたのすべてではない
早合点を避けるには、まず3つの異なる側面を分けて考えるとよい。1つ目は、質問票で測定される性格。2つ目は、あるビールを選ぶ理由として本人が挙げるもの。そして3つ目は、それらとは別に、その選択を見た人が受ける印象だ。この3つを混同すれば、日常のちょっとした観察がすぐにステレオタイプへと変わってしまう。
現在得られている証拠からは、慎重な見方が必要だとわかる。ノルウェーの参加者3,482人を対象とした調査では、性格を5つの側面から捉えるモデル「ビッグファイブ」で測定した特性と、ビールを飲む頻度との間に有意な関連は見つからなかった。一方、消費者109人を対象とした感覚研究では、より限定的な関連が認められた。感覚を求める傾向が強い人ほど、調査対象のビールのうち1種類を相対的に好む傾向が強かったが、それは試験で用いられた苦味物質であるキニーネの苦味を強く感じた場合に限られていた。この2つは、同じ問いではない。ビールをよく飲むことと、特定の条件下で特定の感覚プロファイルを好むことは別の話だ。
したがって、有益な捉え方は「そのビールを見れば、あなたがどんな人かわかる」ではない。もっと控えめで、興味深い捉え方がある。選択は、自分をどう表現するか、何を楽しめると期待するか、そして周囲が自分について何を理解したと思うかに関わることがある。その程度のことでも、この話題が身近に感じられるには十分だ。グラスの中身から人となりを読み解く普遍的な地図がなくても。
| 区分 | 説明するもの | 証明できないもの |
|---|---|---|
| 測定された性格 | 質問票で評価された特性 | 特定のビールから、その人の本質がわかること |
| 本人が述べる動機 | そのビールを選ぶときに何を求めていると本人が話すか | その人の性格全体、または固定された意図 |
| 周囲の人が受ける印象 | 注文を見た人が、相手について何を理解したと思うか | その解釈が正しい、または意図されたものであること |
いつものビール:好みを知ることと、性格を知ることは違う
いつものビールを注文する人が、必ずしも習慣を守ろうとしていたり、新しいものを拒んでいたりするわけではない。その場に合う、慣れ親しんだ体験を、あまり考えずに楽しみたいだけかもしれない。慣れていることには、しっくりくる安心感もある。何が期待できるか、どんな場面でそのビールが自分に合うかを、すでに知っているからだ。
慣れ親しんだビールは、より幅広い状況にふさわしいと受け止められることを示した研究もある。重要なのは、研究者が調べたのは画像を見たときに感じる適合性であり、実際の購入や、アイデンティティを表現したいという願望ではなかった点だ。それでも、同じビールを繰り返し選ぶことは、好奇心全般の欠如というより、安心感や状況を反映している場合があると気づかせてくれる。
いつも同じビールを選ぶ人を見かけたら、「どんな人なのだろう?」ではなく、「この選択によって何を満たしているのだろう?」と考えるほうが公平だ。確かなものを求めているのかもしれない。その場に合うものがほしいのかもしれない。単純に好きなだけかもしれない。どれも、その人が決まって「同調的」だという証拠にはならない。
まだ飲んだことのないビール:グラスの中の好奇心
その対極にいるのが、メニューや冷蔵庫を、何かを発見する誘いのように眺める人だ。そういう場面を理解するために、人生のあらゆる場面で冒険好きな性格だと想像する必要はない。新しさそのものが楽しみの一部であることもある。異なる風味を試し、比べ、知り、ビールごとの違いを言葉にしてみることだ。
メキシコのクラフトビール消費者を対象とした研究では、調査対象者の中にまさにそうした動機が見られた。学ぶこと、風味を試すこと、主流から離れることだ。これはよくある選択の可能性を説明するものであり、その人にいつも新しいものを探す人というレッテルを貼ってよいという意味ではない。飲んだことのないビールを選ぶのは、その瞬間に何かを発見したい気持ちの表れかもしれないが、永続的なアイデンティティを示すものではない。
好みと性格の関係について、わかっていることを誇張しないのも大切だ。前述の感覚研究では、感覚を求める傾向が強い人ほど、調査対象のビールのうち1種類を相対的に好む傾向が強かった。ただし、キニーネの苦味を強く感じた場合に限られていた。「最も強烈な選択肢を選ぶ人は、より勇敢だ」といった決まり文句とは大きく隔たっている。新しいビールが表すのは、液体に姿を変えた好奇心かもしれない。性格の判定ではない。
新しい選択を「冒険好き」と呼ぶ前に
- その人が何を発見したいのかを尋ねる。風味なのか、比較なのか、学びなのか。
- その瞬間の好奇心と、安定した性格だという思い込みを切り分ける。
- 新しさを性格の特徴に結びつけるだけの根拠はないことを忘れない。
物語のあるクラフトビール:自分が惹かれるもの、周囲が読み取るもの
人によっては、味わいだけが関心の対象ではない。どのように造られたのか、誰が醸造したのか、何が他と異なるのかも気になる。そうした関心は、まったく純粋なものかもしれない。メキシコの研究では、一部の消費者が選択を、本物らしさ、独自性、学び、そして大衆向けの飲酒習慣と一線を画したいという思いと結びつけていた。
とはいえ、選択がアイデンティティの形成に関わるからといって、それを決定づけるわけではない。「クラフト」という言葉は、どの文脈でも意味が明確とは限らない。英国でのインタビュー調査では、この言葉が曖昧に理解され、製法や生産者の規模を超える意味を帯びることが示された。製法を指す場合もあれば、消費者が自分と結びつけたい本物らしさのイメージを指す場合もあり、両方を意味することもある。
だからといって、反対側のステレオタイプも正当化されない。背景に物語のあるビールは、すべて気取りにすぎないと決めつけることだ。情報を伏せた評価と、産地や生産者の種類を知らせた後の評価を比較した実験では、そうしたラベルが評価に及ぼす影響はごくわずかだった。ここから得られる要点は、どちらの方向にも当てはまる。物語が社会的な意味を持つことはあるが、体験のすべてを左右するとは限らない。また、物語を重視する人が自動的に、より本物らしく、知識があり、興味深い人になるわけでもない。
クラフトには2つの意味がある
造り方への純粋な関心
ビールがどのように醸造されたかを知ることが楽しい、という関心かもしれない。
調査対象となった消費者の一部では、独自性や差別化とも結びついていた。
観察者による社会的な解釈
「クラフト」は、どの文脈でも同じ意味を持つわけではない。
ラベルや物語だけで、体験のすべてが決まるわけではない。
ノンアルコールビール:1つの選択に、さまざまな決めつけ
飲み物が周囲の人の見方を変えることを示す、わかりやすい例を挙げるなら、ノンアルコールビールだ。ドイツの参加者509人を対象としたオンライン実験では、ビールをアルコール入り、またはノンアルコールで注文する架空の人物を、観察者に評価してもらった。ビールの種類によっていくつかの印象が変わり、ノンアルコールの選択に結びつけられた特性には、理性的、規律正しいといったイメージが含まれていた。
ここで大切なのは形容詞ではなく、それがどのような種類の情報なのかだ。それは注文した人の実証された性質ではなく、観察者がその人に当てはめた評価である。小さな違いに聞こえるかもしれないが、意味は大きく変わる。選択は、本人が意図していなくても、またその解釈が正しくなくても、周囲に社会的な読み取りを促すことがある。ノンアルコールビールを注文したからといって、道徳性、自制心、健康上の動機、恒常的な習慣、隠された人生の物語を推し量ることはできない。
だからこそ、実際の動機が多様であり、本人が説明する必要もないことを忘れないようにしたい。ビールが人の性格を知る鍵になることなく、その人が周囲に与えるイメージに影響しうることを、これほどはっきり示す例はない。グラスは、持ち主よりも、見ている私たち自身の偏見を語ることがある。
ノンアルコールビールを見かけたら、まず確かめたいこと
- その人について自分が考えていることは、自分自身の偏見かもしれない。
- 選択は、本人の本当の動機を明かさなくても、周囲の印象を変えることがある。
- その注文について、誰かに説明したり正当化したりする必要はない。
人にレッテルを貼る前に考えたい3つの問い
戯画化に陥らず、タイトルにある遊びを真剣に考えるなら、3つの問いで十分だ。1つ目。その人は、そのビールの何が好きなのか。2つ目。その飲み物に結びついた物語やイメージ、考え方は、本人にとってどれほど重要なのか。3つ目。自分の解釈のうち、目にしたものから導いた部分と、自分自身の思い込みによる部分は、それぞれどれくらいなのか。
こうした問いが安易な類型化よりも有効なのは、同じ人が、ある日はいつものビールを選び、別の日には知らないビールを選び、何かを学びたいときには物語のあるクラフトビールを選び、ノンアルコールが合う場面ではそれを選ぶこともあると認められるからだ。どの人物像も同時に成り立ちうる。これらは人間の分類ではなく、状況に応じて変わる選び方にすぎない。
結局のところ、ビールは自分をどう見せるか、社会の中でどう解釈されるかに関わることがあるが、その人が何者かを教えてはくれない。好みや場面、あるいは周囲に与えうるイメージについて、何かを語ることはある。残りを埋めるのは私たち自身であり、そこからおかしみも、誤りも生まれる。